ロック的な渋めのスピード感がアイヌ音楽独特の揺らぎに合わさるかのよう。甘みも渋みも、ともに飲み干してしまうような大胆さがある一方で、古いものに対する敬意がほどよい抑制をもたらす。そんなふうな、おとなっぽい音楽を僕は感じた。
もうひとつ語るなら、『IHUNKE』あるいは『HANKAPUY』当時のライブ空間を包み込んでいた安東ウメ子さんを中心にしたあの独特の優しさが、あたたかい思い出のように呼び起こされてならなかった。妻もまた帰り道、安東さんが亡くなられたことを振り返りながら、そのことを確かめさせられるような思いだったと言う。センチメンタリズムではない。その思いというのは、否応を言わせぬ時間の流れのなかでOKIたちの歩みに立ち会うことにともなう、ある種の反作用なのかもしれないと僕は思っている。前に進まなければ過去は響かない。
OKIの演奏を聴きに行ったのは、昨年9月15日の上野水上野外音楽堂以来である。『ALEVARE repertoire 2』というイベントで、OKIはソロで出演していた(OKIも良かったが、二階堂和美はやはり素晴らしかった)。そういえば、このときはたしかまだまだ暑い日が続いていて、加えて会場が池のほとりだものだから、ただでさえ高い湿度がますます酷いわけで、調律しても調律してもチューニングが狂うという、トンコリストにはきわめて過酷な状況だった。
OKIのトンコリ演奏を初めて生で聴いたのは1996年の「第9回 アイヌ民族文化祭」でのことだった(彼は加納沖という本名で舞台に上がったと思う)。トンコリの生演奏を観ること自体が初めてだったので、まさに新奇なものに目を見張る思い。残念なことに演目は覚えていないのだが、OKIは決まったフレーズを繰り返しながらアイヌ語の詞を朗唱風に乗せ、神話的な世界を語っていたように記憶している。
トンコリってのはなんだか響きの悪いクラシックギターのようだというのが、そのときの音色に対する感想である。実際、OKIはこのときクラシックギターの弦を使用していると言っていた記憶がある。
それから9年が経った2005年、ソロアルバム『TONKORI』が発売された。それまでもCDが出れば買い、ライブにもできるだけ足を運んだが、『TONKORI』はまさにこれを待っていたのだと言いたくなる特別な一作だった。肩の力がすうっと抜け、演奏技術も音色も格段に磨かれた。悪魔的ともいうべき魅力が心地のよい緊張感とともに育まれつつあった。同年7月16日の『TONKORI』発売記念ライブ(於、恵比寿「SPAZIO 2」)は忘れがたい。
このすばらしい発展は、たゆみない研究の成果でもあるようである。
OKIの活動を取り上げた「トンコリを復元して」という古い記事がある(藤井知昭監修『音と映像による新世界民族音楽体系』解説書T、日本ビクター、1995、p.39)のだが、ここでOKIは自分が行っているトンコリの音響面での研究と改良について述べている。
トンコリの弦は、ある記録によれば江戸時代以降、鹿のアキレス腱やトドやトナカイ、あるいは草植物の繊維などが用いられていたらしいが、OKIはチューニングの安定を求めて三味線の弦やクラシックギターの弦を試したりもしながらさまざまな実験を重ねているという。そしてトンコリは「アフリカの打楽器と競演しても負けないような音量」を実現し「色々な楽器と対話できるようになった」という。
楽器の復元とはどういうことを言うのか、とても考えさせられる内容である。研究の過程で見出したこれまでにないはずの倍音構造が「太古の昔に引き戻してくれる」と述べている点も興味深い。ちなみに『TONKORI』発売記念ライブでは鹿のアキレス腱製の伝統的な弦による演奏も披露されたのだが、その不思議な倍音たるや予想を超える迫力だった。
ところで上述の記事でOKIは、アイヌは「トンコリを、それ自体が魂を持った生き物として考え」るということに触れている。楽器あっての演奏家、人間あっての楽器。だからこそ、演奏家だけが唯一の表現主体なのではないと感覚する。理解できているかどうかはわからないが、日本人的な感覚で僕はそんなふうに思っている。そうだとすれば、長年の取り組みを経て、OKIが差し出したメッセージに対する答えが、トンコリのほうからいよいよ返ってきているのではないだろうか。OKIはそうやってトンコリを想像の過去からこの現代に呼び戻している。ソロアルバム『TONKORI』はそんな印象の一作だった。以来、その交流は静かに、しかしながら確実にまわっている。昨日のライブではそのことを確かめることができた思いである。
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